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诗人、雕刻家高村光太郎生于东京,父亲是佛像雕刻师高村光云。22岁时他看到罗丹的雕刻《思考者》,倍受震惊。23岁留学欧美。继承了父亲的雕刻手艺,成为纽约美术学校的特待生。翌年赴伦敦,第三年移居巴黎,开阔了视野。吸收了近代精神、26岁的光太郎与日本社会一成不变的旧价值观及美术界的权威主义起了冲突,受到强烈的排斥。

28岁时遇见了比他小三岁的杂志《青踏》创刊号(平冢雷鸟创刊)的封面女画家长沼智惠子。3年后,刊行了第一本诗集《道程》,同年与智惠子结婚。(1914年,31岁)刚开始光太郎的诗“对这个丝毫容不下人的国家/除了反叛我别无他法。”充满了对社会和艺术的愤怒、迷惘和苦恼,但遇见智惠子之后,他渐渐被温和的理想主义和人道主义精神包围了。光太郎说:“我生是为邂逅智惠子而来,她的纯爱净化了我,把我从过去的颓废生活中拯救出来。”

然而,约从1931年起,智惠子因娘家破产而精神紊乱(统合失调症),企图服安眠药自杀。自杀未遂而疯癫加剧,1938年10月5日,经历了7年精神错乱的智惠子因肺结核病逝。智惠子死后3年,光太郎刊行了连缀起30多年来两人爱情的诗集《智惠子抄》(58岁)。智惠子死后,太平洋战争爆发。文学家、艺术家们大都协助战争,本该本着人道主义精神的光太郎也创作了激发战斗士气的战争诗。战争结束后,很多知识分子在社会活动中宣称“罪在时代,不在自身”,光太郎却没有认同这种态度,对自己协助战争深感后悔,为了反省自己的过错,他来到岩手县花卷郊外的山间,从62到69岁,过了7年闭门的生活。那是一座周边没有人家的山中小屋,仅有三铺席大的泥地房间,和他自己开垦的田地。在这片土地上,他和一直活在他心中的智惠子一起生活着。最后和智惠子一样因肺结核而去世,享年73岁。

结婚后的10年,是最幸福时代的诗。光太郎回东北福岛智惠子的娘家时写的诗。其中写到的阿多多罗山是现在的安达太良山,福岛北部的火山。智惠子的娘家是开酒窑的。

智惠子疯了大概有20多年,这20多年,高村是一直守着她的。这一点固然已经有点惊心动魄,看了诗集,就更会惊心动魄。

光太郎生於東京,本是個徹頭徹尾的城市人,晚年卻在東北的岩手縣花卷渡過;當中有整整七年,在山中一間小木屋裡過齟半隱居生活,自耕自炊,與天地為伍。當地村民曾不解地問光太郎,為何要在這種冬天積雪愈丈厚的窮鄉僻壤,過齟如此艱苦的生活。光太郎的答案,據說是「鴨長明」三個字;鴨長明,乃日本中世一個陶淵明式的詩人。
也難怪,光太郎會用「自我流謫」來形容自己在山中的生活。
光太郎年輕時曾先後留學美國和法國,一生醉心法國大雕刻家羅丹。詩作方面,代表作有青年期的詩集《道程》、中年期的《智惠子抄》,和晚年的《典型》。後者,正是他在岩手隱居期間的傑作,和《智惠子抄》比較,多了一份圓潤簡樸的大智慧。
智惠子是光太郎的愛妻,本身也是個畫家。光太郎與她恩愛非常,可以說,打從兩人邂逅起,智惠子就成為了光太郎創作原動力的一部分,甚至在智惠子死後還是一樣。《典型》也好,《乙女之像》也好,均可見智惠子的影子。不少人說,《乙女之像》的裸女造型,正是智惠子的化身。與其說光太郎晚年獨自隱居,倒不如說他與愛妻的亡靈共渡夕陽無限好。

●树下的两人

那边是阿多多罗山
闪着光的是阿武隈川

像这样默不作声地坐着
沉醉欲眠的脑海中
只有遥远世界的松风吹递轻柔绿意
在刚入冬的无边山野
与你二人静静牵着火热的手,这喜悦
纵被下窥的云层遮蔽,也不减半分

你是奇异仙丹在魂之灵壶中袅起轻烟
啊,在多么幽妙的爱之海底
呼唤着我
回望与你一同走过十年春秋
你无数次展现出女性的无限
无限之境界中升腾起奇异的力量
使为情恼恨到这般的我重获清净
为负载苦涩到这般的我
倾注那重返青春的清泉
宛如妖精一样难以捕获
变幻莫测

那边是阿多多罗山
闪着光的是阿武隈川

这里是你诞生的故乡
那是你家酒窖星罗散布的小小白墙
悠然信步
树木香气飘来,北国的天竟豁然晴朗
呼吸这空气
一样的清洌、打开我心扉、宛如你
轻柔灵动的气息沐浴着肌体

明日我又将远行
在那无根的城市,混沌的爱憎漩涡沉浮
步入我畏惧又执念的那出人间喜剧
这里是你诞生的故乡
孕育了你这个判然不同的人,是这片天地
松风又在吹拂
这初冬寂寥的自然全貌
请再一次讲给我听

那边是阿多多罗山
闪着光的是阿武隈川


●樹下(じゅか)の二人

あれが阿多多羅山

あの光るのが阿武川

こうやって言葉すくなに坐っていると、

うっとりねむるような頭の中に、

ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります。

この大きな冬の始めの野山の中に、

あなたと二人静かに燃えて手を組んでいるよろこびを、

下を見ているあの白い雲にかくすのは止しませう、

あなたは不思議な仙丹(せんたん)を魂の壺にくゆらせて、

ああ、何といふ幽妙(ゆうみょう)な愛の海底(ぞこ)に人を

誘ふことか、

ふたり一緒に歩いた十年の季節の展望は、

ただあなたの中に女人の無限を見せるばかり。

無限の境に烟(けぶ)るものこそ、

こんなにも情意に悩む私を清めてくれ、

こんなにも苦渋を身に負ふ私に爽かな若さの泉を

注いでくれる、

むしろ魔物のように捉えがたい

妙に変幻するものですね。

あれが阿多多羅山、

あの光るのが阿武隈川。

ここはあなたの生れたふるさと、

あの小さな白壁の点々があなたのうちの酒蔵。

それでは足をのびのびと投げ出して、

このがらんと晴れ渡った北国の木の香に満ちた

空気を吸おう。

あなたそのものの様な此のひんやりと快い、

すんなりと弾力ある雰囲気に肌を洗はう。

私は又あした遠く去る、

あの無頼の都(東京)、混沌たる愛憎の渦の中へ、

私の恐れる、しかも執着深いあの人間喜劇のただ中へ。

ここはあなたの生れたふるさと、

この不思議な別箇の肉身を生んだ天地。

まだ松風が吹いています。

もう一度この冬のはじめの物寂しいパノラマの地理を

教へて下さい。

あれが阿多多羅山、

あの光るのが阿武隈川。
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●孩子气的话

智惠子说东京没有天空
想看看真正的天空
我惊讶地望着天空
透过樱花的嫩叶间看见
遮也遮不断
儿时清的天空
晕染着阴沉沉的地平线
是浅粉色清晨的细雨
智惠子凝望着远方说
阿多多罗山的山顶上
每天展现的湛蓝色天空
才真正是智惠子的天空
多么孩子气的话

●あどけない話

智恵子は東京に空が無いといふ。

ほんとの空が見たいといふ。

私は驚いて空を見る。

桜若葉の間(あいだ)に在るのは、

切っても切れない

むかしなじみのきれいな空だ。

どんよりけむる地平のぼかしは

うすもも色の朝のしめりだ。

智恵子は遠くを見ながら言ふ。

阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に

毎日出ている青い空が

智恵子のほんとうの空だといふ。

あどけない空の話である。
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●山麓的两人

裂成两半欹斜的盘梯山
后山险峻,逼视着八月头顶的天空
山麓原野绵延,远方浪涛拍岸
无边的芒草掩蔽了人影
半疯的妻坐在草地上
紧紧地抓住我的手
像啜泣不止的童女一样拗哭着
——我已不堪承受
一朝被嗜啮感知的宿命鬼攫住
便断然心魂两分,无路可遁
这不可抗拒的预感
——我已不堪承受
山风冷冷吹拂沾泪的手
我默然凝视着妻
祈祷终有一日她恢复意识
是我唯一的慰籍
今生今世再也无从唤回过去的妻
此时我心已裂成两半、坠入深渊
而静静笼罩两人天地却合为了一体


●山麓の二人

二つに裂けて傾く磐梯山(ばんだいさん)の裏山は

険しく八月の頭上の空に目をみはり

裾野(すその)遠くなびいて波うち

芒(すすき)ぼうぼうと人をうづめる

半ば狂える妻は草をしいて坐し

わたくしの手に重くもたれて

泣きやまぬ童女のように慟哭する

――わたしもうぢき駄目になる

意識を襲う宿命の鬼にさらわれて

のがれる途(みち)無き魂との別離

その不可抗の予感

――わたしもうぢき駄目になる

涙にぬれた手に山風が冷たく触れる

わたくしは黙って妻の姿に見入る

意識の境から最後にふり返って

わたくしに縋(すが)る

この妻を取り戻すすべが今の世に無い

わたくしの心はこの時二つに裂けて脱落し

闃(げき)として二人をつつむ此の天地と一つとなつた
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●千只鸟与游戏的智惠子
一个孩子也没有的九十九里沙滩
智惠子坐在砂上玩游戏
无数朋友呼唤着智惠子的名字
智、智、智、智、智——
砂上印着小小的脚印
千只鸟向智惠子飞来了
永远不停地说着什么的智惠子
举起双手召唤鸟儿
千、千、千——
智惠子硬讨来两手贝壳
哗啦啦地扔出去
飞起来的千只鸟呼唤着智惠子的名字
智、智、智、智、智——
世间生计抛诸脑后
蓦然看见了
走向天性彼岸智惠子的背影
两条街开外防风林的落日中
沐浴着松树花粉的我久久伫立


●千鳥と遊ぶ智恵子

人っ子ひとり居ない九十九里の砂浜の

砂にすわって智恵子は遊ぶ。

無数の友達が智恵子の名を呼ぶ。

ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――

砂に小さな趾(あし)あとをつけて

千鳥が智恵子に寄って来る。

口の中でいつでも何か言ってる智恵子が

両手をあげてよびかえす。

ちい、ちい、ちい――

両手の貝を智恵子がねだる。

智恵子はそれをぱらぱらに投げる。

群れ立つ千鳥が智恵子を呼ぶ。

ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――

人間商売さらりとやめて、

もう天然の向こうへ行ってしまった智恵子の

うしろ姿がぽつんと見える。

二丁も離れた防風林の夕日の中で

松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽す。
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●柠檬哀歌
你是这样的渴望柠檬
在悲伤洁白明亮的死亡床畔
从我手中拿来一个柠檬
你用洁白的牙齿喀喇喇地咬
黄玉色的香气四溢
上天赐予的几滴柠檬汁
倏然恢复你神智清爽
你纯真透明的眼睛漾起笑意
握我的手健康而有力
而你的咽喉中犹有狂风肆虐
生命垂于一线的此刻
智惠子又回到了从前的智惠子
一生的爱情在一瞬间倾注殆尽
过了片刻
你深呼吸了一次,如同过去在山巅
你的生命运转停息
如今你相片前插着樱花的荫下
依然放置柠檬闪着清凉的光

●レモン哀歌

そんなにもあなたはレモンを待っていた

かなしく白くあかるい死の床で

わたしの手からとった一つのレモンを

あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

トパアズいろの香気が立つ

その数滴の天のものなるレモンの汁は

ぱっとあなたの意識を正常にした

あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ

わたしの手を握るあなたの力の健康さよ

あなたの咽喉に嵐はあるが

こういう命の瀬戸ぎわに

智恵子はもとの智恵子となり

生涯の愛を一瞬にかたむけた

それからひと時

昔山巓(さんてん=山頂)でしたような深呼吸を一つして

あなたの機関はそれなり止まった

写真の前に挿した桜の花かげに

すずしく光るレモンを今日も置かう
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●引路
三叠大小高枕无忧
这边是小屋
此处是水井
山中水和空气一样清甜
田地有三亩
现在正是卷心菜时节
虽说此处唯有疏林,但排排树有八束粗
围绕着小屋的是栗树和松树
登上山坡就能一览无遗
向南眺望二十余里视野开阔
左边是北上山系
右边是奥羽国境内山脉
北上川从中间的平野中笔直地流过
那烟雾弥漫的视线尽头
就是海中的岛屿金华山呐
智慧子你可向往,可中意?
山后的山或许有毒气森林
还有羚羊和野熊出没
智惠子啊,这样的地方你喜欢吧?

三畳あれば寝られますね。

これが小屋。

これが井戸。

山の水は山の空気のように美味。

あの畑が三畝(うね)、

今はキャベツの全盛です。

ここの疎林(そりん)がヤツカの並木で、

小屋のまわりは栗と松。

坂を登るとここが見晴らし、

展望二十里南にひらけて

左が北上山系、

右が奥羽国境山脈、

まん中の平野を北上川が縦に流れて、

あの霞んでいる突き当りの辺が

金華山(きんかざん)沖ということでせう。

智恵さん気に入りましたか、好きですか。

後ろの山つづきが毒が森。

そこにはカモシカも来るし熊も出ます。

智恵さん こういうところ好きでせう。
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